ワークシェアリングについてC‐労働と資本の関係−


Bに対するコアラの意見―必要労働と剰余労働―
 またメールします。「教育問題対談・個人として生きる」の19を読んでいて一つ疑問が浮かびました。それはワークシェアリング
実現に向けての五つの壁についてです。
 ここには最大の問題点が抜けていると思います。それは「労働時間を減らしても生活に充分な収入を得られるほどに日本の生産力は
充分発展していると言う認識の欠如」です。
 時短がすぐに賃金削減に繋がって考えてしまうのは、現在の労働時間と賃金の関係が適切な関係にあると言う認識があると思います。
つまり「これだけ働いているんだからもっと多額の賃金をもらって当然だ」という認識がないのです。実際に経営状態の悪いと言われ
ている企業でも、隠し利益と言うものが必ずあるはずです。いや、公然と設備投資のための準備金などと称して利益のかなりの部分を
分配せずに押さえているはずです。また株主に配当する分の適切さの問題や、その企業に勤める人の間の賃金格差が正当なものであるか
どうかの問題もあると思うのです。
 こういったことをじっくり検討しなおしてみて、もう少し利益配分を平等にできれば、今の労働時間でももっと多くの賃金が得られる
と思うのです。
 おもえば労働運動で8時間労働制が提唱され始めて何年経ったのでしょう。日本ではたしか1920年のメーデーからだったと思います。
8時間労働制は8時間働けば生活していくに充分な賃金をという要求です。あれから80年。日本の生産力は飛躍的に(いや天文学的に)
上昇しているはずです。もうそろそろ6時間労働制でも充分なのではないでしょうか(正確には現在における必要労働が何時間でした
がって剰余労働が何時間になっているのかという計算が必要です。誰か詳しい方教えてください)。
 このへんの認識がないと、労働時間を減らしてなおかつ生活に必要な賃金を得ると言う考え方は市民権を得にくいと思います。

 

 「余暇が充分に生じたときに打ち込むべき何かが必要」とのスマさんの意見ですが、私もアイさんと同感です。
 これは各個人の問題です。ひまが恒常的にあれば、人は必ずやりたい事を見つけます。そしてそれは趣味で言いと思います。スマさん
は趣味と言うものを何だと思っているのでしょう。
 私は仕事以外のもう一つの仕事だと思います。仕事はどうしても現在では、食っていくために自分の意に沿わない事でもやらねばなり
ません。でも趣味ならそれは自分の判断次第です。仕事だけが(つまり食っていくための仕事)人生ではありません。もっと自由に自分
らしさが出せる事やもっと自由に社会に貢献できる事などをやるのが趣味だと思います。この意味で趣味は人生の潤滑油以上のものです。
もしかしたらこっちの方が自己実現をはかれる真の仕事なのではないでしょうか。
 私の趣味は花を育てること。その写真をとること。音楽を聴くこと。絵をみること。星を見る事。小説を書くこと。歴史を研究する事
・・・。まだまだあります。どれも仕事以上に楽しい充実した時間を過ごせるものです。そういう趣味(=生きがいといいかえてもいい)
を持っている人は世代を越えてかなりの数になっていると思います。

 

「22・23世紀がどうなっているか」について。
 これはあまり意味がないと思っています。個人的には社会が根本的に変革されて、人が人を支配する事のない社会へと進化できていた
らいいなとは思います。でのその前に大きな壁が立ちふさがっていると思います。地球環境の問題・南北問題・各地で次々と激化する
民族紛争など。
 アメリカとソ連という20世紀の機軸となった国がどちらも機軸たり得なくなった今、世界は混沌の状態に入っていこうとしています。
その中ではたして核戦争を阻止する事は本当に出来るのか。その中ではたして激化する民族紛争を阻止し、民族共存の世界を作れるのか。
環境の破滅を阻止し、地球を守る事ができるのか。
 こういった問題を具体的に考えて行かないと21世紀すら見えないと思うのです。夢物語として未来を語る事は楽しいですが。

コアラの意見に対するアイさんの意見
>  またメールします。「教育問題対談・個人として生きる」の19を読んでいて一つ
> 疑問が浮かびました。それはワークシェアリング実現に向けての五つの壁についてで
> す。ここには最大の問題点が抜けていると思います。それは「労働時間を減らしても
> 生活に充分な収入を得られるほどに日本の生産力は充分発展していると言う認識の欠
> 如」です。時短がすぐに賃金削減に繋がって考えてしまうのは、現在の労働時間と賃
> 金の関係が適切な関係にあると言う認識があると思います。つまり「これだけ働いて
> いるんだからもっと多額の賃金をもらって当然だ」という認識がないのです。実際に
> 経営状態の悪いと言われている企業でも、隠し利益と言うものが必ずあるはずです。
> いや、公然と設備投資のための準備金などと称して利益のかなりの部分を分配せずに
> 押さえているはずです。また株主に配当する分の適切さの問題や、その企業に勤める
> 人の間の賃金格差が正当なものであるかどうかの問題もあると思うのです。こういっ
> たことをじっくり検討しなおしてみて、もう少し利益配分を平等にできれば、今の労
> 働時間でももっと多くの賃金が得られると思うのです。おもえば労働運動で8時間労
> 働制が提唱され始めて何年経ったのでしょう。日本ではたしか1920年のメーデーから
> だったと思います。8時間労働制は8時間働けば生活していくに充分な賃金をという
> 要求です。あれから80年。日本の生産力は飛躍的に(いや天文学的に)上昇している
> はずです。もうそろそろ6時間労働制でも充分なのではないでしょうか(正確には現
> 在における必要労働が何時間でしたがって剰余労働が何時間になっているのかという
> 計算が必要です。誰か詳しい方教えてください)。
> このへんの認識がないと、労働時間を減らしてなおかつ生活に必要な賃金を得ると言
> う考え方は市民権を得にくいと思います。
 やはり、コアラさんがおっしゃると説得力がありますね。実は、こちらの内容は、私も述べたかった大きな論点です。「日本の生産力
は飛躍的に(いや天文学的に)上昇しているはずです。もうそろそろ6時間労働制でも充分なのではないでしょうか」とのお言葉同様に
私も考えていましたので、それはこの度、思い切って“ワーク シェアリング”の話題に触れることに至った理由の1つでしたが、ただ、
この点に関しては、具体例が揃わなかったため、先送りする予定でした。
 ご指摘いただきまして、ありがとうございました。
> 仕事はどうしても現在では、食っていくために自分の意に沿わない事でもや
> らねばなりません。でも趣味ならそれは自分の判断次第です。仕事だけが(つまり
> 食っていくための仕事)人生ではありません。もっと自由に自分らしさが出せる事や
> もっと自由に社会に貢献できる事などをやるのが趣味だと思います。この意味で趣味
> は人生の潤滑油以上のものです。もしかしたらこっちの方が自己実現をはかれる真の
> 仕事なのではないでしょうか。私の趣味は花を育てること。その写真をとること。音
> 楽を聴くこと。絵をみること。星を見る事。小説を書くこと。歴史を研究する事・・
> ・。まだまだあります。どれも仕事以上に楽しい充実した時間を過ごせるものです。
> そういう趣味(=生きがいといいかえてもいい)を持っている人は世代を越えてかな
> りの数になっていると思います。
 そうですね、そう思います。 
> 「22・23世紀がどうなっているか」について。これはあまり意味がないと思って
> います。個人的には社会が根本的に変革されて、人が人を支配する事のない社会へと
> 進化できていたらいいなとは思います。でのその前に大きな壁が立ちふさがっている
> と思います。地球環境の問題・南北問題・各地で次々と激化する民族紛争など。アメ
> リカとソ連という20世紀の機軸となった国がどちらも機軸たり得なくなった今、世界
> は混沌の状態に入っていこうとしています。その中ではたして核戦争を阻止する事は
> 本当に出来るのか。その中ではたして激化する民族紛争を阻止し、民族共存の世界を
> 作れるのか。環境の破滅を阻止し、地球を守る事ができるのか。こういった問題を具
> 体的に考えて行かないと21世紀すら見えないと思うのです。夢物語として未来を語る
> 事は楽しいですが。
 もちろん、ご指摘の諸問題は念頭にあるのです。そういったことを記述しなかったのは、ジャーナリズムや批評家のそれを繰り返すの
と同じだと感じるためです。がしかし、状況説明として触れるべきでした・・・
 ただ、私個人としては、目前の、可視できるものばかりを判断材料にするのではなく、「考えられること」という見地からも歩み寄り
たいと考えています。
 人間には、科学では説明・証明できない何とも不思議な力があるといいます。例えばその1つに、北アイルランドの話ですが、彼らは
目には見えない“精霊”の存在を信じ、それを心の支えとして、食糧難や他宗教民による侵攻の中を、力強く生き抜いている人々が現実
にいます。悲劇も繰り返されましたが、最近では情勢も好転し、残る問題は山積ですが、上向きになってきたと言えるでしょう。
 ・・・精霊の存在を信じたから、解決に向かったと言っているのではなく、北アイルランドの人々が、「目には見えない精霊を信じよ
うとした」ことに深い意味があるとお伝えしたかったのです。
 したがって、このように、未知なる効力(目で見て確かめることの出来ないものに対する信念)も期待したいのです。

アイさんへのコアラの返事

 アイさんへ
 ワークシェアリングの問題を「必要労働と剰余労働の関係」の問題から捉えておられたとのこと。ほとんど同じ観点から考えていたん
ですね。嬉しいです。私は良く職場の仲間に話します。とくにもうすぐ咲き出す桜のキレイな季節などは。なんで夜桜しか見に行けない
んだと。どうして日がまだ高いときに青空の下で花を眺める事ができないのかと。青空を見るたびにいつもそう思います。「時間が欲し
い」と。「なんでこんなに働かねばならないんだ」と。
「未知なる効力」については、同感です。『未来を信じる』ことの大切さは子どもを教育する場に身を置いていると痛切に感じます。
よく生徒に言われますよ。「先生。核戦争は阻止できるんでしょうか。きっと出来ないと思うのです」と。
 こんな時私が言うのはいつも同じ。
 「ここに一人居るじゃないか。いや二人だ。私も同じ気持ちだ。この中学校の中に少なくとも二人この問題を考えている人がいる。
川崎市内には中学校が何校ある?。51校だ。どこにも最低二人いたならそれでもう102人。日本全国ならどれだけいるだろう。いやもっ
とたくさん居るはずだ。この中学校の中にだって」と。
 『希望』は大事です。それなくして生きることは出来ません。特に困難なことに立ち向かうことは出来ません。その希望を与えるのな
らばどんなものでも良いと思うのです。宗教でも科学でも。でも希望と同時に現実を冷静に見詰める力も併せて持ちたいものです。
 この意味で小説や詩、そして芸術などの力に今注目しています。

コアラの意見に対するスマさんの意見

> またメールします。「教育問題対談・個人として生きる」の19を読んでいて一つ
> 疑問が浮かびました。それはワークシェアリング実現に向けての
> 五つの壁についてで
> す。ここには最大の問題点が抜けていると思います。それは「労
> 働時間を減らしても
> 生活に充分な収入を得られるほどに日本の生産力は充分発展して
> いると言う認識の欠如」です。
 ここは非常に微妙ですよ。何故なら、高齢化社会に不安を抱いて貯蓄しなければという焦りや教育に費やす費用があるからです。実際
どうでしょう?
>時短がすぐに賃金削減に繋がって考えてしまうのは、
> 現在の労働時間と賃
> 金の関係が適切な関係にあると言う認識があると思います。つま
> り「これだけ働いて
> いるんだからもっと多額の賃金をもらって当然だ」という認識が
> ないのです。実際に
> 経営状態の悪いと言われている企業でも、隠し利益と言うものが
> 必ずあるはずです。
> いや、公然と設備投資のための準備金などと称して利益のかなり
> の部分を分配せずに
> 押さえているはずです。また株主に配当する分の適切さの問題や
> 、その企業に勤める
> 人の間の賃金格差が正当なものであるかどうかの問題もあると思
> うのです。こういっ
> たことをじっくり検討しなおしてみて、もう少し利益配分を平等
> にできれば、今の労
> 働時間でももっと多くの賃金が得られると思うのです。
 でも、労働者に金が回らなくて資本家達が利益が独占しているという状況が現在なら、一見不合理に見えてその構造を支える要因があ
るはずです。可笑しな話ですが、労働者自体が自分達の所へ利益が回らなくする事を望む要因が。
 例えば、会社が倒産して自分の居場所が無くなる事と家族の時間のうち前者に危機感の優先順位を置けば・・・・
 それから、日本人は金の使い方が下手だと良く言われますよね? 実際、事実だと思いますが。結局、民衆に金を持たせてもろくな
事にならないからという事で「見えざる手」が働いてるんじゃないかと思います。このへんを整理していきたいと思いますが、みなさん
はどう思いますか?

スマさんの意見に対するコアラの返事

スマさんのメールについてのいくつかのコメント:
@「労働者に利益が回らなくて資本家が利益を独占している構造を支える要因」:
 これは端的に行ってその事実を誰も暴露しないからですよ。さまざまな事実から、私たちの労働はすでに無駄に使用されている事は明
らかです。例えばあのゴミ処分場にあふれるゴミ。その多くはまだ使えるもの。パソコンや電化製品や自動車など。最近では多くの製品
は半年もしないうちに新製品が出されて陳腐化し、どんどん価値が下がりそしてまだ充分に使えるのにもかかわらずゴミとして捨てられ
る。世の中完全に物が余っているんですね。と言う事はそれを作るに使用された労働が無駄に捨てられていると言う事。
 なぜこんなに次々と新製品が出されねばならないのでしょうか。これはほとんど資本の論理でしょう。肥大化した生産設備を遊ばせて
おくわけにはいかない。その投下された資本を回収するためにも次々と製品を送りだし売らねばならない。でも巷にすでに物は余ってい
る。そこで次々と新しい機能を持った製品を開発しそのことで巷にあふれている品物の価値を陳腐化し、新しいものを欲しいと言う購買
意欲に火をつけ、でも買う金の無い者のためにもローンと言う制度をフル活用して物を売りまくる。
 私たちはどれだけ労働の対価として受け取った金を無駄に使わされていることか。
 ものが余っているということはそれだけ必要なもの以上に作ってしまうほどに生産力は上がっていると言う事。つまり私たちが自分の
生活に必要なものを稼ぎだすのに8時間働く必要がないということ。つまり私たちは必要以上に働かされ、不当に安い賃金で働かされて
いると言う事です。これを身近な例から詳しく説き明かすのが経済学、とりわけマルクス経済学の任務であったはずであり、この学に基
づいて資本主義社会のからくりを暴露し労働者の認識を深め意識を高めるのは共産党の任務であったはず。
 この任務が放棄されているから人々の目が曇ってしまっただけ。
 労働者が老後や子どもの事を考えてお金をためなければならないなんて不当です。その労働が本来生み出している価値にふさわしい
賃金を得られればそんな心配もないわけです。労働者が会社を守る事を家族と過ごす時間よりも優先するのはそうする事が正しいと思い
込まされているだけの事です。「高齢化社会の不安」」なるものもかなり作られた嘘によってあおられて形成された側面が強いと思い
ますよ。
A「日本人は金の使い多かたがへた」:
 これはどんな事実をさして言っているのでしょうか。また「上手な金の使い方とはどう使うこと」なのでしょうか。
 ここをスマさんに示してもらわないと正確な議論はできません。
 とりあえず、無駄な消費につかいすぎということで話しを進めます(何が無駄かと問われると答えずらいのですが)。
 現代の生産の特徴はそれが膨大な広告で成り立っているということでしょう。あまりに多くの商品が作られているため類似の商品が
多くてどれを選ぶか迷うほどです。ということは他の製品より知名度が高いほうが売れる確率は高いと言う事です(その製品の質と知名
度はますます乖離しますね)。その結果一つの商品を売るために膨大な宣伝費がかかっているわけです。
 現代の宣伝は「買いたい」という意欲をいかに作り出すかがポイントです。こうして作られた購買意欲は作られた架空の物といっても
過言ではありません(これとの関連で新製品ラッシュはつくられているわけです)。
 日本は消費者の自立的な商品選択意識がまだまだ育っていません。それはさまざまな分野の商品のガイドブックが生産者におもねる形
でしか作られていないことにも原因があります。「商品テスト」というのが雑誌で良く見かけますが、本当に使うものの視点でチェック
しているのか疑問です。少しずつ消費者の立場で環境や健康の問題を考えて商品をテストするところは増えてはきましたが、全商品をカ
バーするには至っていないでしょう。
 膨大な宣伝によって作られた架空の購買意欲に振り回されないためには一つ一つの製品を地球環境保護・資源保護・健康維持まど様々
な観点からテストし、あわせてその価格の適正度(原材料費からその他の必要経費と設定されたもうけなどの情報が生産企業から公開
されないと正確には出来ませんが・・・。
 電気製品などは原価は定価の30%以下だと、元大手電気製品製造企業の重役であった父は良く言いますが)もテストして行く機関が
企業から独立して設立されねばなりません。
 お金に関わる日本人の意識と言う問題を考えるときもその意識は操作された結果なのだ(スマさんの言う「見えざる手」)という観点
で見る事が大事だと思います。
 (もう一つ:「日本人は・・・・」と無限定的に言われることはその根拠を疑ってかかった方が良いと思います)

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