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書名 平家物語―<語り>のテクスト
著者名 兵藤裕巳
出版社・出版年 筑摩書房(新書)・1998年
内容・目次  はじめに―中世の時間ー
 第一部 歴史の構想
  第一章 祇園精舎
  第二章 清盛と重盛
  第三章 頼朝の挙兵
  第四章 源平交替史
 第二部 反転する世界
  第五章 終末の不安
  第六章 怨霊・天魔・物の怪
  第七章 テクストの流動
 第三部 「平家」語りの生成
  第八章 語りのネットワーク
  第九章 鎮まらざるもの
  第十章 悪人の往生
  第十一章 灌頂巻の成立
 あとがき
解説  平家物語は源氏と平氏の興亡を通じて人の世のはかなさを描いたものだと従来は
言われてきた。しかし本書はその定説を覆し、この物語には王朝国家から独立した
武家政権の成立という事態を王朝国家の枠の中に組み込もうという隠れた意図があ
って作られたものである事を平家物語のテクストの詳細な分析とこの物語成立の時期
のこの物語を受容する人々の意識の分析とを絡めながら明らかにする。
 すなわち平家物語が今日の形のように編まれたのは鎌倉武家政権と王朝国家との
武力衝突という事態に直面した天台座主慈円が、平家の怨霊を鎮めるために作った
大懺法院に結集する「魂鎮め」の技の粋を集めて編纂したものである。したがってこの
物語の基調は天皇家の恩を忘れ天皇家の守り人の分を忘れて専横を極めその罪業
の結果として滅ぶに到った平家の人々の鎮魂という形をとりながら、日本国の中心は
天皇家であり、源平二氏はその朝家の守りとしてあったのであり、頼朝の作った幕府
もまた朝家の守り以外の何物でもないという歴史像をあるべき姿として賞揚するとい
う性格を持つものである事を明らかにする。
 しかし本書の魅力はそれに止まらない。著者は中世の人々の生活と意識に分け入っ
て中世という激動の時代の始まりにあたって行われた戦乱の中で、人々は「憂世」に生
きる辛さや悲しみを「魂鎮め」の形をとりながら歌い共感し受容していたことを明らかに
し、その延長上に琵琶法師と念仏僧による合戦期の語りという魂鎮めの祭儀が行われ
たであろうことを様々な微証を元に復元する。
 すなわち平家物語は武家政権を王朝国家の枠に受容する「歴史のテクスト」を作り流
布させようと言う企て以前に、この物語のテクストの大半は魂鎮めとしての琵琶語りとし
て成立していたと著者は推測している。
 またこのような庶民レベルでの憂世の受容のチャンネルをもその物語の内に組み込
めたゆえに平家物語はその政治的意図を貫徹させ、歴史を動かし日本人の心性をも
形作ることに成功したと著者は主張する。
 本書は新書版の入門書という形をとりながらも長い平家研究の歴史の成果と近年の
歴史学における中世史の研究成果をも踏まえて、単なる平家物語の入門書という域を
越え、中世人の生活と心のありようにリアルにせまる好著である。
値段 660円

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