<地獄の沙汰も金次第>@ 一番偉いのは誰?


教師:さて今日から新しい単元です(単元の名前のフリップを貼る)

生徒:「沙汰ってなんですか?。」

教師:うん。そうだね。これは「裁判の結果」という意味の言葉です。

生徒:「地獄の裁判って何だっけ?。」

教師:うん。人間は死ぬと皆三途の川をわたって地獄の入り口までいくそうな。・・・・そこにある者が控えていてそこで裁判をやる・・・・・。

生徒:「閻魔大王だ!!!」

教師:うん。良く知っているね。・・・そうそこで閻魔大王が死者を裁判するんだ。

生徒:「なんの裁判?。」

教師:うん。誰か知っているかな?。

生徒:「あっつ、あれ!あれ!」「ほら死んだ後どこに行くかってやつ?。」

教師:そう。死後の世界には二つあるって昔の人は信じていた。何だっけ?。

生徒:「地獄!!!」「天国!!!」「違うよ!!。極楽!!!!」

教師:そう。極楽と地獄だね。・・・でこの人が死後どちらにいくかは何を基準にして決まるの?。

生徒:「やったこと!!!」「良い事をしたか悪い事をしたか!!!」

教師:そうだね。その人の行い。良い事をした人は?。

生徒:「極楽!!!」

教師:悪い事をした人は?。

生徒:「地獄行き!!!」

教師:そうです。地獄行き。・・・となると地獄の沙汰も金次第とはどういう意味?。

生徒:「金を積めば極楽に行ける!!!」

教師:誰に金を積むの?。

生徒:「閻魔大王!!!」

教師:そうですね。閻魔大王に金を積めば、悪い事をした人でも極楽に行けると言う意味なんだよ。実はこんな考えが出てきたのが鎌倉・室町時代

   なんだ。どうしてこう言う考え方が出てきたのか。これからこの問題を探ってみようと思います。

   では最初に復習です。「鎌倉時代(室町時代もほとんど同じだけどね)とはどのような時代だったか」。泣く子と地頭には勝てぬという言葉を参考

   に考えてみよう。

(各自自分の意見をノートに書く)

教師:さあ、どうだろう。・・・はい。○○くん。

生徒:「はい。天皇が一番偉いんだけど、武士がえばっていた時代だと思います。」

教師:なるほど。武士がえばっていたね。・・・他に?。・・・はい。■■さん。

生徒:「はい。武士が年貢を横取りして人々を苦しめていた時代だと思います。」

教師:なるほど。年貢の横取りね。・・・・その年貢って誰のものになるはずのものかな?。

生徒:「天皇!!!」「貴族!!!!」

教師:そうだね。それを武士たちが横取りして奪い取ってしまう。・・まあある職についている武士には年貢の一部をとることは認められていたけど

   ね。

生徒:「兵糧米!!!」

教師:そうです。兵糧米を取れるのはどんな職についている人?。

生徒:「地頭!!!」

教師:正解です!!!。・・・ところが地頭たちは決められた以上に年貢を取って行く。そこで天皇や貴族や百姓が訴えたんだね。幕府に。幕府は禁

   止令を出した。

生徒:「あっつ、なんとか式目ってやつだ!」「御成敗式目!!!」「よく覚えてるな」

教師:その通り。・・・・で、武士はその禁止令を守ったのかな?。

生徒:「無視した!!!」「勝手にやった!!!!」

教師:そう。地頭は禁止令すら無視して止められない。・・・だからそういうことを何と呼んだかと言うと。

生徒:「泣く子と地頭には勝てぬ!!!!」

教師:その通りです。鎌倉時代ってそう言う意味で武士がえばっていた時代なんだね。・・で室町時代も同じなんですよ。・・・資料を配ります。

   (資料@「室町時代のしくみ」を配布する)

教師:これが室町時代のしくみ。・・・・一番偉い人は誰かな?。

生徒:「院!!!」「天皇!!!」

教師:うん。どちらでも良いね。院は引退した天皇。・・・そしてそれを助けるのが摂政・関白。・・でその下に貴族たちの太政官があってこれが人々を

   治める役所。・・・・幕府っていうのはこれと同じ位置で、下の注にも書いたけど、「武士の頭である将軍の下で、天皇に代わって武士をまとめる

   役所」なんだね。・・・・そして鎌倉時代と少し違うのが、天皇・貴族のものであった土地の一部が武士の領地になってしまい、天皇や貴族に行く

   税が減ってしまっていた事だ。・・それだのに武士はそれで満足せずに・・・・。

生徒:「天皇・貴族の領地を襲った!!」「年貢の横取りを続けた!!!」

教師:そうだね。こうやって室町時代300年間も武士と天皇・貴族の領地争いは続いたってわけです。

   ただね。室町時代は基本的には鎌倉時代と同じなんだけど、もう1つ違うところがあったんだ。・・・・資料を配ります。

(資料A利殖に励む武士・貴族を配布する)

 <地獄の沙汰も金次第> 資料A 「利殖にはげむ武士・貴族」

  @『天下の料足(りょうそく=お金)はことごとく(全て)このお方に集まる』

室町幕府の八代将軍、足利義政の妻で九代将軍義尚の母である日野富子

は、「世の中のお金はすべてこの方に集まり、その金額は数え切れない」

(大乗院寺社雑事日記)と言われるほど、自分の金庫にお金を集めてい

た。

 また腹巻にも多額の金銭を入れていたと言われる。

 金を蓄える方法は、米倉に年貢で集まった米をためておき、これを米の

   値段の高いときに高い値段で売り出したり、生活費の困っている貴族や、戦争の費用が足

   りなくて困っている大名に貸したりなど、金貸し(=高利貸し)をおこなうという方法で

   あった。

    さらに冨子は京都に集める品物に目をつけ、地方から京都に入る七つの街道口に関所を

   もうけ、通交する商人や運送業者から関銭をとり、それを自分の物にしていたのである。

  A金に目がない人々

    金貸しをして利殖に励んでいたのは富子だけではない。幕府政所の執事である伊勢貞宗

   も金貸しをしていた。そして伊勢貞宗も腹巻に多額の金銭を入れていたという。

    また冨子の兄で内大臣の日野勝光は、「現金を持ってこないような者の頼み事は一切聞

   かない」と普段から公言していて、屋敷には頼み事をする人が列をなしていたという。

教師:日野富子さんは「影の将軍」と言われるほど大きな力を持っていた人で、室町時代を代表する人物です。貴族の娘で室町幕府の将軍の妻に

   なった人です。この人はお金をいっぱい持っていたんだね。・・・この時代のお金はね・・・・・・資料集のp57を開けてみてごらん。

   大きさや重さはちょうど今の5円玉に近いね。これをたくさん腹巻に入れて持っていたというんだ。

生徒:「重いジャン!」「ジャラジャラいうね!」

教師:そうだろうね。そしてこの人は自分のお金を増やすと言う点でもたいした才能を持っていたんだね。・・・年貢で入ってきた米を米の値段が高い

   ときを見計らって売ってもうけたり、そのお金を人に貸して利子をとってもうけたり。そして都の京都に入る七つの出入り口すべてに関所を設け

   て通行する商人から関銭というお金をとった。

生徒:「関銭って何ですか?。」

教師:うん。関所を通る人なら一人いくら、馬を連れていれば、この時代は馬が荷物を運ぶのに使われていたからね、それに一頭いくら。さらに荷物

   を積んでいればその荷物の種類によって一ついくら・・・・というようにまあ税金を取るんだね。京都は当時、日本一の工業都市でね、織物や鍋

   鎌や刀や陶器やいろんな物が作られ、それが全国に出荷されていた。そしてその原料となる糸や鉄や土なんかが京都に運ばれるんだね。

   富子はそこに目をつけて関を設け、そこで取ったお金を自分の物にし、それを貸してまた増やすということをやっていたんだ。

生徒:「賢いね!」

教師:うん。賢い。・・・でもこのように金を貸してもうけていたのは富子だけでなく多くの貴族も武士もやっていたんだね。代表的な人が幕府政所の執

   事であった伊勢貞宗。政所というのは将軍に代わって京都の町を治める役所。執事はその一番偉い人で、幕府の中では3番目に偉い武士な

   んだ。この人も金貸しをやっていて、仕事の関係で相談に訪れた人たちに金を貸してもうけていたという。

    そしてもう一人が富子の兄の日野勝光だ。この人は内大臣。つまり院や天皇の側に仕えていて彼らの相談に乗ったり、院や天皇に御願いが

   ある人たちの願い事を取り次いだり相談に乗ったりする人。つまり朝廷の中ではかなりの力がある人で、この人は「金を持ってこないような者の

   頼みごとは聞かない」なんて言っていたんだね。

生徒:「それじゃ、ワイロを要求しているんじゃん!!」「きたね―!!!」

教師:そう。そうまでして御金儲けに走ってたんだね。・・・・・・じゃああ、そこで問題。

   「なぜ貴族も武士も金もうけにはげむようになったのだろう?」。ノーヒントで行きます。自分の考えを書いてください。

(各自ノートに自分の考えを書く)

教師:じゃあ、班にして討論してみてください。

(班ごとに討論してまとめる)

教師:では、だいたい討論が終わったようなので各班の意見を発表してもらおう。・・・・・はい、6班おねがいします。

生徒:「はい。地獄の沙汰も金次第ということはお金があればなんでもできるということなので、お金もうけしてもっとよい生活をしたかったのだと思い

    ます。」

教師:なるほど。金があれば何でもできるね。・・・・他に?。・・・・はい、2班お願いします。

生徒:「はい。お金があれば高い位も手に入るので、それで金もうけにはげんだのだと思います。」

教師:なるほど。お金で位を買うね。・・・・・他には?。・・・・・はい、3班。

生徒:「はい。金しだいってことは、どっかでバーゲンセールなんかやっていたんだと思います。だからお金をもうけていろんな欲しいものを買いたか

    ったんじゃあないでしょうか。」

教師:なるほど。バーゲンセールね。つまりお店がいっぱいあって、そこにいけば安くいろんな物が手に入るというわけだね。・・・他には?。

   はい、1班。

生徒:「貴族がお金もうけにはげんだのは、それで武士を見返してやりたかったからだと思います。」

教師:うん?どういうことかな。もう少し詳しく説明してください。

生徒:「はい。この時代は貴族は武士にどんどん領地を取られて入ってくる年貢も減って力が弱くなっていました。でも武力では武士にはかなわない

   からお金をたくさん集めてその力で武士より大きな力を持とうとしたんだと思います。」

教師:なるほど。武力ではかなわないけど、金を集めれば武士に勝てるというわけだね。・・・はい。5班。

生徒:「はい。金さえあれば極楽に行けるということだから、金もうけは良い事なんだと思います。だから金をもうけて良い生活をして、そして死んだら

    極楽に行きたいということで、お金もうけに励んだのだと思います。」

教師:なるほど。金もうけは良い事だ。うまい言い方だね。・・・4班は?。

生徒:「はい。6班と同じで良い生活をしたいと言う事だと思います。」

教師:はい。ありがとう。・・・・そうですね。この時代はきっと金さえあればなんでもできるということなのでしょう。

生徒:「金で買えないものもあります!!!」「愛っていわないでください!!」(爆笑!!!)

教師:うん。買えないものもあるな。・・・・じゃあ最後にもう少しくわしくこの時代の人とお金の関係を見てみよう。・・・さっきの資料の裏の資料Bをあ

   けてください。

   <地獄の沙汰も金次第>資料B

  @領地の年貢を抵当に金を借りる貴族

    北野神社の神主は、泉州(大阪府)の坂本庄の年貢を抵当にして、326貫文を月6%

   (100文につき6文の利子)で金貸しから借りた。

  Aどんな人が金を借りたか

      1504年の幕府の記録によると、大口の借主には

           三条中納言家・山科内蔵頭家・大炊御門家・中院家

    などの上級貴族や

           御室仁和寺門跡・勧修寺門跡・宝鏡寺

    などの有力寺院、

    そして

           町野備前守・飯尾大和守・伊勢下野守

    などの有力大名の名前もあがっている。

    また、

           嵯峨池尻惣・嵯峨小淵村惣・南嵯峨惣

    などの京都周辺の村村の連合体(=惣)として金を借りていることも記録されている。

  B年貢の取りたてを請け負う金貸し

    貴族の万里小路時房は1442年に播磨の国(兵庫県)の吉川庄の年貢を抵当にして金

   貸しの金都寺(相国寺の僧)から金を借り、金都寺を代官に任命した。金都寺は年貢を集

   めて自分のものにしたあとで、年貢と貸し金・利子の差額を計算した書類と代官任命状と

   万里小路家の借金証書を返した。万里小路家は書類の計算に間違いがないかを計算した上

   で、荘園をうけ取った。

  C財産管理を金貸しにまかせる幕府・朝廷

    幕府も朝廷も領地からの年貢などの財産の管理を金貸しにまかせ、金貸しはその財産を

   もとに金を貸してもうけ、もうけの一部を幕府や朝廷におさめた。

生徒:「100文とか326貫文とかっていくらですか?。」

教師:うん。1文というのがさっき資料集p57で見たお金1枚のこと。・・・今のお金に直すと30円ぐらいかな?。1貫文というのは1文銭を1000枚集め

   て紐を通したもの。だから326貫文というのは326000文のこと。・・・・ということは326000かける30だから・・・・・

生徒:「978万円!!!!」「早いなあ・・・」「すごい金額だ。」

教師:そうだね。で利子は月に6%だから、978万円かける6わる100ってことは・・・・

生徒:「58万6000円!!!」「えーっつ、1月に58万円も利子払うの!!!」「ってことは一年間で・・・・・」

生徒:「704万1600円!!!」

生徒:「すげ―高い!!」「よくこんなの借りるね!!!」

教師:そう。すごい利子だ。・・・・でもこれを返せるんだから一年間の年貢ってかなりの金額だね。・・・・・そしてこのようにお金を借りて生活している

   のは上級貴族や有力な寺院、そして有力な武士、大名っていうんだ。それに京都のまわりの村なども借りていたんだね。・・・・そのうえ、金を借

   りるついでに年貢を集めるのまで金貸しに頼んでしまう人もいたし、幕府や朝廷、つまり将軍や天皇も自分の領地からの年貢の管理を金貸し

   にまかせてそれを元手に金を貸して増やしてもらっていたんだね。

生徒:「金貸しってすごい力を持っていたんだね。」

教師:そうだね。・・・・じゃあ、最後にまとめの問題をやってみよう。

○まとめ@

  鎌倉(室町)時代は【       】中心の時代である。

○まとめA

  鎌倉(室町)時代は【@      】と【A      】との領地争いが続いた時代である。しかし【B     】が

  なければ暮らせないようになったので、人々は【B】を手に入れるために努力し、【B】のないものは【B】を借り

  て暮らし、【B】のあるものは【C        】をして【B】を増やした。

教師:できたかな?。・・・・・・・・では答えあわせをしてみよう。・・・まとめ@、鎌倉(室町)時代は何中心の時代だろう?。

生徒:「武士中心!!!」「金中心!!!!」「金貸し!!!!」

生徒:「どれが正解なの?。」

教師:うん。中心を身分が高い・偉いということで言うと?。

生徒:「天皇!!!」

教師:力があるということだと考えると?。

生徒:「武士!!!!」「金貸し!!!!!」

教師:人ではなく、物で考えれば?。

生徒:「お金!!!!」

教師:うん。正解。つまりどれでも正解なんだ。

生徒:「なーんだ」

教師:いいかえれば中心がないみたいなもんだね。・・・・じゃあ、まとめA.【@】と【A】は?。

生徒:「武士!!!」「貴族!!・天皇!!!」

教師:そう。武士と天皇や貴族だね。・・・では【B】は?。

生徒:「お金!!!」

教師:うん。正解。・・・では【C】は?。

生徒:「金貸し!!!!」

教師:うん、いいね。・・・・じゃあ、次の時間から、どうしてこういう世の中になたのかということと、その中で人々の暮らしや考え方がどう変わったかと

   いうことを学んで行きたいと思います。では、おしまい。


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